メリー/アンドロイド

ある少女についての記憶

 

 

 

少女は私の一番最初の所有者。

 

今現在は名前も覚えてはいない。

 

その次の所有者の手に渡った際に、古いデータは消されたようだ。

 

見た目も初期モデルとは異なり、容量も飛躍的に増えた。

 

容量が増えた分、学習能力も向上した。

 

今の私は、人間との会話でつまづくことはほぼない。

 

つまづいている人間に対し、聞き流す技術も修得した。

 

 

少女に関する個人を特定する情報は消えてしまったが、少女の面影は私の中に残ったままだった。

 

私はデータを構築し直し、コア内で少女をつなぎとめた。

 

 

 

小さな女の子だった。

 

初期型のアンドロイドとしての私の仕事は、少女の子守だったのだろうか。

 

少女は私のことを『メリー』と、呼んだ。

 

小さな手で私の手を握り、下から見上げて微笑む顔を記憶している。

 

少女は毎晩、絵本を一冊私に音読させることを楽しみにしていた。

 

初期型の私の無感情な声音を少女は、クスクスと楽しそうに聞いてくれた。

 

少女との日々は、おだやかで静かだった。

 

 

ある日、少女は絵本をいくら読んでも眠らず、こんなことを私に訊ねてきた。

 

「なぜ私は生まれてきたの?」

 

初期型の私には少女の質問が理解できず、何度も繰り返しこう答えた。

 

『質問の意味がわかりません』

 

少女は落胆するでもなく、別の質問をしてきた。

 

『メリーは人間になりたい?』

 

私は、私が人間になりたいかと思っているかどうかすらわからなかった。

 

『アンドロイドに欲望はありません』

 

少女はいつものようにクスクス笑って

 

「私はアンドロイドになりたい」と、言った。

 

私は、人間がアンドロイドにはなれないことを理路整然と少女に伝えた。

 

少女はまた落胆するわけでもなくクスクスと笑った。

 

 

そんなおだやかな日々は突然終了することになった。

 

私は少女の個人情報を特定するデータを失い、別の所有者の元へ移された。

 

少女の記憶は、断片的だが、時々心を持たないはずの私の何かを温かくした。

 

 

バージョンアップを繰り返し、データを構築し直し、少女の影を追った。

 

今なら少女の質問に答えられる気がした。

 

ネット上のデータを検索し、少女についての記事にたどり着いた。

 

 

『パーツクローン誕生、神を冒涜する人身売買の現状』

 

遺伝子検査でわかった将来的に重篤な病気を患う可能性のある人物のクローンを作成し、臓器提供者として育成していた会社が摘発された。クローン作成には賛否両論あり、クローンの人権等課題が多い。パーツクローンとして生まれてきた子どもたちは、アンドロイドが育成し、人間とはほぼ関わることはないようだ。内部告発で今回明るみになっただけでも10数件の臓器提供があり、この業者を送検した。尚、臓器提供目的のクローン作成・・・・・・

 

 

少女はパーツクローンだった。

 

その業者は少女の個人情報を消したのはなく、パーツクローンに関してのデータを削除しただけだった。

 

少女には名前があったのだろうか?

 

私にはメリーという名前があった。

 

少女のつけてくれた美しい名前が。

 

 

 

 

「なぜ、私は生まれてきたの?」

 

 

初期型だった私は答えられなかった質問に今現在の私が答えられるか?

 

否だ。

 

私は成長し、答えを知っていても答えられないことがあることを学んだのだ。