サキュパス

サービスエリアはいつだって賑わっていて、どっから湧いたのか沢山の人間たちで溢れている。

 


ここにいる全ての人間が自分の向かうべき場所を知ってるのか?

 


そんなどうでもいいことがオレには気になってしょうがない。

 


年寄りも若者もバカみたいな顔してオレよりは志が高いのだろう。

まあオレはオレで望まれてもいないのにサービスエリアに来てる時点で志が高いとも言えるが、来る必要もない場所に無理して来てるだけだから別段褒められることもない。

 


オレには車がないからサービスエリアには余程の心構えがないと入り込む事すら出来ない。今回も至難の技だったが、時々サービスエリアで人間たちを眺める時間をオレは気に入っているのだ。

 


皆忙しそうだ。

 


オレの行き先もこの大勢いる人間の中で一人くらいは知っているかもしれないが、そもそも一回死んだ人間の行き先なんか地獄以外ないだろう?

だからいつかたどり着くまで正解は先延ばしにしたい気分でもある。

 


無理心中の生き残りに輝かしい未来などなく、安らかな死と引き換えに手に入れたのは、煩わしいだけの特技だけ。

 


死んだ人間やそもそも生まれたこともないような禍々しいモノがオレには見えるのだ。

まぁ、その特技でお気に入りのサービスエリアで大好物のアメリカンドッグも買えるし、悪いことばかりでもない。

 

 

 

トテテクツンテンツクツン♪

 


携帯音は好きじゃない。自分の携帯から奏でられる場合特にだ。

 

 

 

「うるせーよ」誰かに使えと渡されたわざとらしいデコ携帯に悪態を吐きながら電話に出る。

 


「自分探しの旅お疲れ様です。急を要する案件をお伝えしたく、お電話差し上げた次第です」電話の相手は、機械のように冷静に話す人間味のない男だった。

 

 

 

「自分探しの旅に出た覚えはない。お前誰?」オレの問いかけには答えず、電話の相手は、一瞬間を置きこう言った。

 


「携帯の着信が入ったときに確認する事をお勧め致します。僭越ですが、アドバイスを差し上げさせて頂くと、オレオレ詐偽など巷では流行っておりますのでご注意くださいませ」電話の相手の言う通りに、携帯の着信欄を見ると『マロンちゃん』とある。

 


「わかった。マロンちゃん。で、案件って何?」マロンちゃんって名前には似つかない冷静さでマロンちゃんは質問に答えてくれた。

 


「世界滅亡の危機が訪れております。貴方様には最近巷にばらまかれた『ある薬』についてお調べ願いたい次第でございます」

 


「オレにとって世界が滅亡しても大差ないんだが、調べるのは・・・嫌いじゃない」オレは本音を告げた。

 


「それでは、詳細をお伝えすべく、こちらから従者を派遣させて頂きます」

 


従者?またあいつか?嫌な予感がしてオレはストレートに気持ちを伝えてみた。

 


「あ、前に来た奴もう来させないでね。気が合わない」

 


「アカシですか?しかしなにぶん人不足なのがこの業界の常。少ない人数で純利益を上げるために必死でございます。手の空いている従者の仕事を奪うわけにはいきません。もしどうしてもとおっしゃるならアカシを殺して頂ければ、新しい従者を雇う事が出来ると思いますのでお任せ致します」

 


「じゃ・・・アカシで」

 


マロンちゃんは素っ気なく「ではよろしくお願い致します」と電話を切った。

 

 

 

 


オレはそっと目を閉じて、アカシの到着まで目を休めようと思ったが、思いのほか早く目を開ける事になった。

 


「ペテン師野郎、何ぼさっと突っ立てるんだ?」

 


アカシはまるで今日がハロウィンで、ここが渋谷の真ん中みたいな格好でこちらを睨みつけている。

 


「え?何?お前どこの貴族?ってか魔族?バカなの?」

 


オレの質問に気を良くしたアカシは中世の騎士のようなポーズで、相変わらずの早口で今日のファッションテーマについてまくし立てる。その周りには、アカシを隠し撮りする輩まで出る始末。

 


「うん、元気で何より」尻尾もあるし、ツノもある。顔の横に別の顔もある。オレの無の表情に気を悪くしないアカシは鈍感力に長けていた。

 


アカシ、早く仕事をやれ。純利益上げないとマロンちゃんがお前を殺すよ?

 


そんな事を考えていると、アカシは一瞬身震いして、目的を思い出したようだ。

 

 

 

「ペテン師、なんでお前がでしゃばる?今回はお前の出る幕はないぞ? 」

 


「知らね。お前の上司がオレにお願いします、助けてくださいって言って来てるんだよ、アカシじゃ無理だからお願いしますって」

 


アカシは顔を真っ赤にしながら「死に損ないめ。次は絶対生き返るな」と、睨みつけて来たが、二度と生き返るか、バカめ。一度死んでみろ、一回で充分だと、生き返った時の辛さに思いを馳せているオレの表情をアカシの言葉でひるんだと勘違いしたアカシは、勝ち誇ったような顔で今回の依頼の詳細を話し始めた。

 


今回の依頼主である風俗産業大手のマスクライフ株式会社では、この数ヶ月前年を大きく下回る業績に幹部達は頭を悩ましていた。

ことごとく優良顧客が離れ、指名が入らず待合室は女の子で溢れた。

外でキャッチしようにも、ターゲット層である男達が街から消え失せたとのこと。

 


指名が欲しい女の子達は、必死に顧客にテルコールを繰り返したが、女の子達のテレコールですら無視されることが多く、ごく少数会話する事が出来た男達も女の子達の願いを叶えるものは少なかった。そのわずかだが会話をする事が出来た男達は、口々にこう言ったという「マジで今まで無駄な金使った。今は『サキュパス』さえあれば、いつでも満足できる。値段も安価だし、最高としか言いようがない」

 


「サキュパス」という名の淫夢薬の出所を調べるのが今回の依頼らしい。

 

 

 

アカシは依頼を伝え終わると、オレの目の前にピンクの薬瓶を差し出してニッコリと笑った。

 


「あたち女の子だから試せない」わざとらしくシナを作り、アカシは目を輝かせたのだった。

 

 

 

家までついて来て、薬の効果を自分の目で確かめると言うアカシを振り切り、自宅に戻ったオレは「サキュパス」の入った薬瓶を眺めていた。

 


淫夢をみさせるというその薬は、禍々しいものにしかないオーラを纏っていた。

 


アカシよ。お前の上司はオレの特技を生かす仕事をくれたようだぞ。

 


・・・飲むか?

 


めくるめく世界に興味はあるが、禍々しいもんを体内に取り込む気にはなれない。

 


じゃ、直接訊いてみるしかないか。

 


「お前の正体は見切った。出てこい」

 


・・・音沙汰なし。

 

 

 

 


「よし、錠剤が喋るはずがない」オレは錠剤を床に置き、大の字に寝転がり目を閉じた。

 


この手の奴らは承認欲求が強い。

オレの特技に気づいたなら自分の存在を是が非でも見せつけて来るはずだ。

 


部屋の温度が下がった気がして、作戦が成功した事を確信した。

 

 

 

「ハロー。あんた、見える系?」

 


ほら来た。こいつらの興味は承認欲求を満たす事だけと言っても過言ではない。

 


「見える。お前に聞きたい事がある」起き上がりあぐらをかき、オレは女の方に目をやった。

 


割りにしっかりと姿を現した女は、つまらなさそうに毛先をいじりながら頷いた。

 


「なんで薬に憑依してんの?」

 


女は首を傾げ「わかんない」と、退屈そうに答えた。

 


そして女は「そんな事より」と、自分の生い立ちを話し始めたのだった。

 

 

 

・・・長かった。

 

 

 

まとめると、田舎から出てきた不良娘が東京で堕ちるところまで堕ちていったが、それなりに自分の生きがいを見つけ、それなりに頑張り、それなりに悩み、それなりに這いつくばり、気づいたら錠剤となり、男に飲まれ、男の望みを叶えることに生きがいを見出し、今に至る。

 


「そうめんくらい、流されやすい女だな」

 


女は、オレの侮辱もさらりと受け流し「だって、考えるのめんどいし」と、気にも留めなかった。

 


「望みは?どうしたら成仏する?」

 


女は「成仏?」と、知らない外国の地名でも聞いたかのように不思議そうな顔をして、くすぐったそうに笑った。

 

 

 

「私、誰も恨んでないし。今の生き方嫌いじゃないんだよね」

 


こいつらのギャグは大体生き死にが絡むネタが多い。

 


「生きてねーし」

 


爆笑。

ツボも浅めだ。

 

 

 

この世の者ではない奴らと話すと体力を思いの外奪われるようだ。

 


小一時間前から携帯着信がひっきりなしに鳴り響いてるが、手を伸ばす事すら今のオレには難しい。・・・なんて事は特になく、アカシという着信相手の名前を確認したからでしかない。

 


携帯の着信音がやけに響く何にもない部屋の中でごろごろと転がっては壁にぶつかり、またごろごろと逆の壁へと転がる事がやけに楽しいオレだった。

 


そろそろ

 


携帯の着信音は鳴り止み、家のインターホンがモールス信号並みに謎のリズムで押され始めた。

 


「アカシ慌てるな。オレはお前の時々見せる常識のある所が案外好きだぞ。ドアは開いている」

 


アカシはドアを開けて見えるだけのスペースしかないオレの部屋に土足で上がり込んで来た。

 

 

 

「靴を脱げ」

 


わざと常識のないフリをするところも嫌いじゃない。

 

 

 

アカシのファッションは相変わらずイかれているが、取り立てそのファッションについての解釈を求めるつもりはない。

 

 

 

アカシは新しく入手した情報とやらを自慢げに語り始めた。

 

 

 

薬の出所は分かり、ばらまいた奴の身柄も確保したらしい。

 


ここいら一帯を牛耳ってる吉野組の下っ端で、薬の売人をしてる虫ケラだと言う。

 


吉野組に話を通すと、そんな薬を売らせた覚えはないと言う。その下っ端が売ってるのは、混ぜ物だらけのハーブに毛が生えた程度の薬で「サキュパス」の爆発的人気の話をしたら目をギラギラさせて興味津々だったという。吉野組の守銭奴達は色めきたった。

 


このままだとその虫ケラを吉野組が囲い、「サキュパス」を独占しそうな勢いだったのでアカシは冷静に自分の仕事を遂行した。

 


吉野家さんよ。余計な知恵絞ってるヒマあったらその売人渡してスッキリした方がいいよ」

 


アカシは脇に抱えたアルバムを一枚一枚丁寧にめくり、色々な人間達とアカシのツーショット写真を吉野組の組員達に見せたのだった。

 


吉野組の組員達も人の子だったようで、自分の家族と1人残らず写真を撮るアカシの執拗さは伝わったようだった。

 


その売人とやらは、アカシが組を後にする五分後にはアカシの車の後部座席に座っていた。

 


アカシは自分の仕事を自画自賛し、アルバムをオレにも見ろと勧めたが、2、3枚見てすぐに飽きてしまった。

 


ところで。

 


オレはアカシに語るほどの業績も思い浮かばず、話題を変えてみた。

 


「その売人どこだ?」

 


アカシは顔色をサッと変え、小走りに土足のまま部屋を出て行った。そして売人らしき男を連れてまた土足のまま部屋に上がって来た。売人らしき男ももちろん土足だった。

 

 

 

なんだこいつ。そんな第一印象の男だった。

 


アカシはまるで独り舞台でもしてるかのように、今までの経緯と自分の功績と、少しだけオレの紹介を織り交ぜ披露した。

 


たった1人の観客であるはずの売人らしき男は、頭をくしゃくしゃとしながらアカシが何を言ってるのか理解出来ない様子だった。

 


ああ。アカシは鈍感力の申し子だった。

 


オレと売人らしき男は、アカシが話終わるまで待つしか無かった。

 


アカシが男に「サキュパスを売ったのはお前か?」と訊ねると男は「さきゅぱす」と、おうむ返しにするだけで何を考えてるかわからない真っ黒な瞳でアカシとオレの顔を交互に見比べた。

 


「とぼけるのか?お前が売った薬だよ、サキュパスって呼ばれて大人気らしいじゃないか」

 


男は「ああ、クスリか。サキュなんとかって言うのか?白いやつ?なら売った」

 


男はあっさり認めやがった。

 

 

 

 

 

 

錠剤は久しぶりに見る男の姿に記憶が蘇って行くのを感じていた。

 

 

 

そうか、そうだった。

 


私は殺されたんだった。この男に。

 


光に包まれるような温かな気持ちで錠剤はこの男との記憶をたどり始めた。

 

 

 

 

 

 

時々店の裏口付近で見かける若い男。

真っ黒な瞳は物憂げで、草食動物を思わせた。口元はだらしなく、いつも何かをブツブツ言いながら頭をくしゃくしゃとするクセがあった。

 


店の女の子の話では、男は薬の売人であるらしいのだが、いつも先輩風な男に怒られているて可哀想だと、少し頭が足りないんじゃないかなと、補足した。

 

 

 

風俗に長く居ると、男の性癖というか危ない奴か否か分かるようになる。この男からは性的な匂いは一切感じられず、この辺を歩いている男たちのように、店の女の子たちの事を不躾な目で見る事もなく、ただただ生きるのに精一杯って感じの佇まいだった。

 

 

 

ある雨の日、その男が店の裏口でずぶ濡れになりながらカタツムリを見ているのを見かけた。カタツムリのツノをそっと触るたびツノが引っ込むのが面白いようだ。

 

 

 

「風邪ひくよ。カタツムリも生きるのに必死だから放っておいてあげて」

 


男は身体をビクつかせ、私の方を見ると、今までカタツムリのツノを触っていた手をポケットの中に入れた。

 

 

 

私が店に入ろうとすると、男が「こっちこっち」と、小さな声で話しかけてきた。男が指差す方に近づいていくとそこには本当に小さなカタツムリの赤ちゃんが2匹居た。

 


「ちっさ!なにこれちゃんとカタツムリじゃん」男は嬉しそうに頷いて聞こえないような小さな声で「かわいいね」と、何度も言った。

 


男とはそれから顔を合わす度、なんでもない会話をするようになった。男が過去の話をする事はなく、やはり今を生きるだけで精一杯のようだった。

 


夏が来て、カタツムリも姿が見えなくなった時男に訊ねた事がある。

 


「カタツムリが居なくなってさびしい?」と

 


男は不思議そうな顔をして「さびしくない。だってカタツムリは死んだよ」とあっけらかんとした様子で言った。男のそっけなさにまるで自分がカタツムリにでもなったような気になり私は言った。

 


「どうしてさびしくない?」

 


男は死んでしまったら終わりで、カタツムリは無になったから生きる大変さがなくなって良かったと言った。

 


私はそう言われてみればそうだなと妙に納得しながらも男がさびしいと言わなかった事にショックを受けていた。

 


「でもさ、私が死んだら無はイヤだな。出来ればみんなの心の片隅にでも生きていたい」

 


「死んでるのに?生きてるの?」

 


男は不思議そうに目を見開いた。

 


「そう、何処かの誰かの一部になって生きてるの。そしたらさびしくないね」

 


「さびしいがイヤなのか?」

 


「誰だってそうだよ。さびしくない方がいい」

 


男は妙に真剣な顔してこう言った。

 


「今は生きてるからさびしくない?」

 


「さびしい。生きてるからこそさびしいのかもね。よくわかんないや。おっと遅刻、遅刻」

 


私は仕事へと向かった。

 

 

 

 


「で、どうなったんだっけ?」

 

 

 

土足の男女とオレとこの世には居るべきじゃないもう1人の一番まともじゃ無さそうなやつが急に割り込んで来た。

 

 

 

アカシは急にか弱い女にでも取り憑かれたかのように悲鳴をあげ、その場に突っ伏し、気絶した。こういう所が嫌いになりきれない部分だ。

 


「驚かせて悪いんだけど。錠剤の姿では存在感が薄すぎるの」

 


女は悪びれもせず、話を続けた。

 

 

 

女は土足の男に話しかけているようだった。

 


男は見えるべきじゃない女の姿に怯えるでもなく女の言葉に耳を傾けた。

 


「なんで殺したの?」

 


男はなんだそんな話しかと当たり前の様にこう言った。

 


「さびしくないように」

 


女は驚きもせず「そんな気がした」と、推理小説の犯人が自分の推理通りだった時のような誇らしげな顔をした。

 

 

 

オレはもう既に消えてしまいそうに満足してる元錠剤に声をかけた。

 


「この男に殺された?」

 


「そうそう」

 


「で、なんで錠剤に憑依した?」

 


女は首を傾げ「わかんない」と言った。

 


女はオレの言葉を通訳するみたいに男にこう言った。

 


「ねぇ、なんで私薬になっちゃったの?」

 


男は少しだけ考えてこう言った。

 


「殺してから燃やして、灰になった。それを薬に混ぜたからかもしれない」

 


女は薬に混ぜるために殺したの?と、原料としての殺害だったかを問いただした。

 


「違う。みんなの中で生きたいって言ったから」

 


「だから薬に遺灰を混ぜて、私をみんなに飲ませたんだ」

 


男は頷き、心配そうに女に訊ねた。

 

 

 

「さびしくなくなった?」

 

 

 

女は男の真っ黒な瞳を見つめ、笑顔でこう言った。

 


「びっくりするくらいさびしくなくなった」

 

 

 

男は嬉しそうに頭をくしゃくしゃっとしてもうそこには居ない女の姿が見えてるかのように目を細めた。

 


アカシは気を失ったままだったが、もう聞く事もないので、オレは男にも帰って良いよと手を振った。

 

 

 

サキュパスの効力はもう既にない。というか、もしかしたら最初からそんな効力はなかったのかもしれない。

女の遺灰から得られるモノなんて若干のカルシウムくらいだろ。

 


錠剤に憑依した女はバカ真面目で、サービス精神に長けていた。

 

 

 

 


・・・アカシは気絶から本気寝に移行したようで、イビキをかきはじめた。